企画調査委員会
Citta murate e sviluppo contemporaneo : 42 centri della Toscana/市壁都市と現代の市街地:トスカーナの42のチェントロ(筆者訳)
Edizioni C.I.S.C.U./1968 年
1956 年のチームX に端を発する都市のポストモダンは,ヨーロッパでは着実に進行して現在に至っている。本書はそのような時代背景の中で生まれたイタリア・トスカーナ州にある42 の小さなチェントロ・ストーリコ(歴史的中心市街地)とその周辺の実測調査のレポートである。*チェントロはイタリア語でcentro,英語でcenter。文字通り「中心」を意味する。
本書の特徴は,対象とするチェントロ・ストーリコが何れも,人口数十人から数千人の比較的小規模の集落であることだ。いずれも市壁で囲まれて,周辺地域の政治,経済,宗教,そして文化の中心となる存在,即ち一定の地域の中心となる都市である。規模が小さいので,本書に納められた実測図を手に観察して歩くと都市の構造,暮らしの成り立ち,そして都市形成の歴史的過程が手に取るように理解出来る。調査はチェントロ・ストーリコからその外周に拡がった現代の市街地までを含んでいる。歴史的集落の調査に留まらない,中世から現代に至る連続するストックとしての,都市形成のプロセスに注目した先駆的な出版であった。調査に当たっては当時イタリアで始まっていた類型学的集落調査の手法がとられており,そのことを解説した序論が添えられている。当時ウルビーノやボローニャで始まったイタリアの先駆的な都市政策と足並みをそろえる集落調査であった。今振り返ると,ポストモダンへの道を開く書であったと言える。1970~’72 年の2 年間,私はこの書を手にトスカーナの小さなチェントロのフィールド調査に没頭した。そのことが後に私が日本で携わる都市設計の思想的原点になった。その思いは拙著「イタリアの小さな町 暮らしと風景」(水曜社2021)に書いている。
’60 年代~’70 年代には日本でも集落のデザインサーベイが盛んに行われた。今から思えば日本のモダニズム都市が本格化することに対するアンチテーゼ,ポストモダンの呼びかけだった。しかしその運動は日本の都市政策には殆んど活かされていない。日本の都市計画が抜本的な見直しを迫られている今,本書は半世紀前にイタリアがポストモダンに舵を切っていたことを思い起こさせる記念的な書でもある。絶版となって久しく,手に入れるには古書店に注文して探してもらうしかない。
紹介:INOPLΛS 都市建築デザイン研究所 井口勝文
(都市計画360号 2023年1月15日発行)