企画調査委員会

名著探訪

CRABGRASS FRONTIER
-The Suburbanization of the United States

Kenneth T. Jackson

Oxford University Press/1985年

 本書は,米国における郊外化の歴史を,社会学的,政治学的,経済学的視点で考察した名著である。この本を読んだのは30年以上前になるがその時,改めて米国社会が抱える人種差別,所得格差が都市構造を形成する根幹にあることを思い知らされた。
 アメリカンドリームと言われるように,米国社会においては,郊外部の広々とした戸建て住宅を持つことが一つの社会的ステータスである。その始まりは,19世紀後半の鉄道整備であり,その後の自動車,特にフォード社のT型Fordの普及である。労働者の3か月分の給与で買える価格設定と,給与の倍増が,モータリゼーションの時代を実現させた。
 では,郊外化の機会が,どの人種にも同様に与えられたかということである。アメリカンドリームは白人系にとってのドリームであり,黒人系には閉ざされていた,というのが本著で示された一つの見解である。その大きな要因は,住宅ローンを組めるかどうかにある。一般論として,例えば住宅ローンを組み新たに住宅を取得したとする。米国では,転居が頻繁に行われ,中古住宅市場が充実している。もし,住宅ローンを完済する前に処分して転居する必要が出てきた場合,中古住宅市場での価格下落はローン完済ができず,新たなローンと合わせて二重ローンを組むことになる。これが起こる可能性が高くなるのが,マイノリティー,特に黒人系が転居してくる場合であり,その一定割合が高くなると,住宅価格の急落につながると言われている。公共サービスの負担が増し,税金が高くなる。加えて,犯罪なども多発し,一挙に居住環境が悪化する。そこで,金融機関自らが,住宅ローンを認定する場合,人種,所得などを考慮して判断するということなる。その結果,黒人系には,郊外部での緑豊かな住宅所有の道が閉ざされ,ある一定の地域に集中して居住する都市構造となる。これに,基礎自治体のゾーニング規制も寄与している場合がある。これが,アメリカンドリームのもう一つのストーリーである。筆者は,そのことを丁寧に論述し,郊外化の社会的経緯を論じている。米国の都市計画を理解したい人は,是非一度,熟読していただきたい。

紹介:明星大学教授 西浦定継

(都市計画365号 2023年11月15日発行)

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