企画調査委員会

名著探訪

フランスのウォーカブルシティ─歩きたくなる都市のデザイン

ヴァンソン 藤井 由実

学芸出版社/2023年

 本稿筆者が以前からフランス現地調査等でお世話になっているヴァンソン藤井由実先生との最近のやりとりで印象的だったのが,「ウォーカブルと言う単語,どう思われますか?」である。言葉に敏感で,都市の変化に関心が高く,フランス各都市の歩行者空間に造詣の深いヴァンソン先生からの投げかけだった。やりとりの中で,ウォーカブルが含み得る語感,今こそ日本人が理解すべき意味合いという点について,個人が歩いて行けること,通りが安全に穏やかになること,街が歩いて楽しい場所になっていくこと,都市の雰囲気が変わること等をお話しいただいたような記憶がある。このように都市への意識高く,熱量多いヴァンソン先生の,ウォーカブルをキーワードとする2023年出版の傑作が本書である。既に高い社会的評価を受け,多方面で紹介されている本書の中身をここで詳細に語るには及ばないので,本書の意義について述べる。
 本書が精力的な現地踏査,関係者ヒアリング,選びに選び抜いた写真と練り上げた図表,そして勢いと丁寧さを両立させた筆致で埋め尽くされていることは言うまでもない。その本書からは,フランスの代表的な都市での最新の動き,それらを裏付けるフランス全体での法制度や政策推進の動き,そこから読み取れる都市改革の戦略的で迅速な実行を支える仕組みを学べる。そして同時に,前段で紹介した単語からもわかる,ヴァンソン先生の歩行者そして都市への強い思いが,彼女の政府へのヒアリングや各地での精力的な調査を通して各都市での実践に触れることで築き上げられたものだという確信を持つに至る。
 そのような本書の意義は,日本で都市や都市交通に関わる我々が,モビリティ(移動性)の課題を十分に組み込んだ都市のビジョンの組み立て方とその実現戦略,高い実行性の原動力を深く味わえることである。もう一点加えるなら,本書で学び,ディジョンやパリの街を自分自身で現地踏査し理解することで,ややもすると諦めそうになる自分の中に,まだ日本でもなにかできる,なにかせねば,仲間と動き出さねば,自分も変わらねばという気持ちが戻ってくる魔法が本書に仕組まれていることと断言できる。

紹介:東京大学特任教授 中村文彦

(都市計画368号 2024年5月15日発行)

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